よしもとばなな「すばらしい日々」感想文におすすめ!日々の意味とは?


「すばらしい日々」を読んだ感想

 

よしもとばなな・著 幻冬舎文庫)

こちらは2013年に幻冬舎文庫より出版されたエッセイになります。

 

 

「父が入院している病院の階段をのぼるときいつも逃げ出したかった。死にゆこうとしている父に会うのがこわかった」。父の脚をさすれば一瞬温かくなった感触、ぼけた母が最後まで孫と話したがったこと。老いや死に向かう流れの中にも笑顔と喜びがあった。愛する父母との最後を過ごした〝すばらしい日々〟が胸に迫る。発見と癒しに満ちたエッセイ。   引用 幻冬舎文庫より

 

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生きていること、それだけですばらしい

よしもとばななさんのエッセイは、静かで穏やかで、意見はあるけれども押し付けがましくないところが素敵だと思います。

 

2011年3月11日に起きた「東日本大震災」の時のことに触れたエッセイでも、その姿勢は変わりません。

 

東北にいなくても、スーパーで買い占めをする人がいっぱいいたり、毎日のように政府や電力会社から発表があったり、無暗に節電をしたりと、何か異様な雰囲気がいっぱいだったあの頃。

 

放射能のことを、全く気にしないのも、気にし過ぎるのも違う気がすると、筆者は冷静に書き綴っています。

 

それでも、うまれたての無邪気な子犬を見て、反省し尊敬してしまうのです。確かに生きているだけですばらしいと気づかせてくれる存在は、身の回りにたくさんあるはずなのに、

 

日常生活では見過ごしてばかりだと、筆者と同じく反省してしまいました。

 

老いていく人、死にゆく人

 

本書では、筆者のご両親をはじめ、身近な亡くなった方との思い出も書かれています。中でも本の表紙に使われているお父様の手帳についてのエッセイが印象的です。

 

筆者のお父様は「知の巨人」などと言われていた評論家の吉本隆明さんです。表紙を見たときは、読みにくい文字だけれども何かとても哲学的なことでもメモされているのだろうと思いました。

 

ところが、これは毎日の血糖値のメモだとわかり驚かずにはいられませんでした。それも痛いことが大嫌いだったお父様が、目が見えなくなってからも毎日自分の指先を針でつついて血を出して測っていたというのです。

 

どんな立派な人物であっても、難しい本を書かれるような方であっても、やがては老いて最後まで生きようとしそしていつかは死にゆくのが現実なのだと、あらためて思い知らされました。

生きていくということ

 

つらく淋しい内容が多い本書ですが、ところどころにきれいな写真が掲載されています。最後のエッセイでようやくその理由がわかりました。

 

淋しい内容だからこそきらきらした「この世の美しさを祝福するような」写真を載せたかったそうです。そこにはつらく淋しい出来事を通して、結局は生きている世界の美しさや生きている人々のすばらしさを感じること。

 

それを読者にそっと伝えたいという、筆者の押しつけがましくない優しさが込められているように感じます。

 

しかもカメラマンさんとのやりとりが、少しも無理なく楽しそうなのです。その無理のなさからも当たり前の日常がいかに幸せであるかを気づかされます。

 

そして、そんな無理のない押しつけがましくない優しさは、実は生きる上での本当の強さなのかもしれないと思ったのでした。

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