世界の中心で、愛をさけぶを読んだ感想!純粋な恋愛こそ脆く儚く消えゆく


純粋な恋愛こそ、脆く儚く消えゆくもの、世界の中心で、愛をさけぶ

 

恋人の死から始まるラブストーリーで日本中が涙したベストセラー

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「ぼくにとってアキのいない世界はまったくの未知で、そんなものが存在するのかどうかさえわからないんだ」「大丈夫よ。わたしがいなくなっても世界はありつづけるわ」朔太郎とアキが出会ったのは、中学2年生の時。落ち葉の匂いのファーストキス、無人島でのふたりきりの一夜、そしてアキの発病、入院。日に日に弱っていくアキをただ見守るしかない朔太郎は、彼女の17歳の誕生日に、アキが修学旅行で行けなかったオーストラリアへ一緒に行こうと決意するがー。好きな人を失うことは、なぜ辛いのか。321万部空前のベストセラー、待望の文庫化。

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
片山恭一(カタヤマキョウイチ)
1959年愛媛県生まれ。福岡県在住。九州大学卒業。1986年に「気配」で文学界新人賞受賞

 

 

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始まりの時期

 

今から約10年前、高校生の恋愛を描いた小説を基にしたある邦画が国内で一大ブームを巻き起こした。『世界の中心で、愛をさけぶ』

 

当時、略され『セカチュー』とも呼ばれた。私はその時中学生で、高校生になったらこんな恋愛ができるのかとも夢を抱いた。

 

セカチューは映画の他にもテレビドラマや漫画、舞台化までされ勢いはとどまる事を知らなかった。だが、それももう昔の話。今の10代に「セカチュー知ってる?」と言ってもセカチューの言葉自体が通じない。

 

私が年をとったのか、それとも時代に取り残されてしまったのか、それは定かではないが話が通じなくなるというジェネレーションギャップは辛いなという感情が沸いた。だが、それも致し方ない。

 

10年の時を経ても

 

当時、原作本も勿論購入して夢中になって読んだ。にも関わらず内容をうっすらとしか覚えていなかった為、改めて図書館で借りて読んでみた。

 

中学生の頃の私と今の私では感受性が変化しているかもしれない、そう思ったがそんな事は全くなくただ色褪せぬまま朔太郎と亜紀ら登場人物がめくるページの中に確かに生きていた。

 

潮風のにおい、舞い散るチョークの粉、2人が大切にしているカセットテープの雑音、何もかもが美しく、鮮明に残っていた。

 

懐かしいという気持ちの反面、物語が生きているということに喜びを感じた。例えセカチューを知らない世代が増えてきているといえど、夏の青空のもと、キラキラと輝く彼らの青春は続いているんだと私は確信した。

 

話の内容は分かっているが、学生時とは違うところでクスりと笑ったり、ときめいたり、ハラハラもした。学校生活を通り越したからこそ感じる新たな感情が沸いたのは確かだった。

 

生きるとは

 

亜紀を忘れられなかった朔太郎と、私のこの今の気持ちは似ているかもしれない。大切なものが大きすぎたため気付けば時間の経過を忘れる、そんな感覚である。

 

人生で初めて涙した小説をもう一度読み返し、また涙腺が緩む。私自身このような純粋な恋愛は今迄の経験したことはない。どこか心の底で二人の面影を見つめているような気がしてたまらない。

 

映像作品や主題歌含め、物語を彩るものたちを今一度見直したくなる、そんな素敵な小説である。読んだ事ない世代だけではなく、時間に忙殺される日々を送る方にもピュアな青春物語をもう一度手に取ってほしいと思う。

 

そうすれば、この夏の太陽もただ熱く感じるだけではなく、どこか優しく微笑みかけるような錯覚を覚えるだろう。

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